新たな「夢」をカタチにする技術創造メーカー 株式会社HCI

社長のコラム

奥山剛旭社長コラム

by 宮西ナオ子 Presents

宮西: 熊田さんは、次の公認がもらえるまでの期間、経済活動はどうしていたのですか?

熊田: 僕の家は資産家でもなく、親父も他界していました。かなり厳しい状態でしたが、不思議なことに捨てる神あれば、拾う神ありで、支援者や団体の方が現れました。寄付などで支えてくださり、なんとかやってこられたのです。
特に熱心に応援してくれる、ある民主党の中核団体が僕の後ろ盾になってくれたので、次回の出馬を果たすことができたのです。

奥山: 熊田さんの境遇を聞いていると親近感を感じますね。自分も裕福な家庭の出身ではなかったし、会社を興す資金もなかった。起業する前は、ふつうのサラリーマンで高額な所得でもなかった。でも幸いなことに学生時代よりコツコツと貯金をしていたので、500万円から会社をスタートさせました。でもあっという間になくなってしまい、金融公庫から1000万円を借りました。

宮西: 奥山社長は成功するという確信のようなものがあったのですか?


初登庁の日。国会議事堂にて(熊田氏)

初登庁の日。国会議事堂にて(熊田氏)

写真中央が熊田氏

写真中央が熊田氏

奥山: お金や仕事の確約がなくても、不思議なことに何か根拠のない自信だけはあって、いつか自分が描いていた夢を絶対にかなえられると思っていました。たぶん熊田さんも、同じように思われていたと思いますがいかがですか?

熊田: 選挙に関しては第1回目の時の成果があったので、最初は自信がありました。でも内部での足の引っ張り合いになったときは苦しかったですね。自信というよりも意地で頑張り続けました。

奥山: 自分も経験がありますね。勤務していた会社の上司に理不尽な扱いをうけましたよ(笑)

熊田: どのような扱いなのですか?


奥山: 自分は大学で材料科学を専攻してきたので、機械設計の基礎を学んでいませんでした。当然のことながら機械学科を卒業した人たちは、最初から機械設計ができるわけです。でも自分にはわからない。例えば、クランクとかカムとか、そういった専門的なことを勉強していないので「あのカムが~」なんて話をしているときに、「カムってなんですか?」と聞くと上司の逆鱗にふれるわけです。「おまえほどダメな人間はいない。なんで俺のところに来たんや!」などと、無茶苦茶なことをいわれたりしました。それから製図を学んでいなかったので最初は図面の書き方がわからず、一生懸命に独学で描いていたら、「遅い!」と消しゴムを投げられたり、設計図を仕上げて持っていくと、その場で上司から、ぐちゃぐちゃと丸められ、ゴミ箱にポイと捨てられたことも多々ありました。


宮西: 今の時代ではパワハラになりそうですね。どのようにして乗り越えたのですか?

奥山: 自分の場合は、厳しかった上司が1年後に海外勤務になり、いなくなりました。

宮西: それはラッキーでしたね。

奥山: その人は会社で一番の売り上げになっている機械設計者でした。その人の仕事を誰が引き継ぐかというときに、自分が手をあげたんです。
この時、チャンスを引き寄せたと思いました。
引き受けた当初は、この機械が失敗したら、1ラインが1億円~3億円の機械だったので、大きな損失になると思い、恐ろしくなりました。しかし一生懸命、努力し、自信をつけどうにかやってきました。



熊田: それはすごい。自ら試練に挑戦したわけですね。そしてそんな厳しい時代があり、それを乗り越えて働いてきたからこそ、今の奥山社長があるというわけですね。


奥山: そうですね。今、考えれば、あの厳しい上司がいたからこそ、今の自分が培われたと思います。たぶん、熊田さんも同様だと思います。周りが敵だらけだったから成長できたのでは?

熊田: そうですね。今、思えば、当時の自分は未熟でした。そのような時に、さまざまなことを経験できてよかったと思います。その後もう一度落選しました。その時は無所属ですから党からの支援もありませんでしたが、以前ほど苦しくないのは、あのときに鍛えられた経験があり、あのときに支えてくれた人たちが今も支えてくれているからだと思います。1回目にまぐれで当選したならば、もうとっくに消えていたと思います。

熊田: 政治家もそうですが、経営者もいろいろな境遇の中で、孤独だと思いますし、順風のときもあれば、逆風のときもあるのではないですか?

奥山: 設立当時、一人でやっているときは、すごく楽でした。お金はなくても夢がありました。仕事も程々で、会社にルールがあるわけでもなく、とても身軽でした。でも社員が入るとありがたいのですが、今度は社員の家族を養っていかねばならない。機械を納品できたら嬉しいけれど、今度はその機械に対する保証もしていかなくてはならない。いろいろな重荷を背負うことになります。
大きな舞台になればなるほど、アンチの存在も現れます。経営がステップアップしていくごとにハードルが上がって、そのハードルを越えていくごとに会社が成長していきます。


奥山の座右の書「道をひらく」

奥山の座右の書「道をひらく」


熊田: 若い人もいろいろな苦労があるのでしょうが、若いうちの苦労は買ってでもしろというのは実感しますね。(第3話終わり)