ケーブル・ワイヤー・チューブ・シート製造装置・試験装置メーカー・ロボットシステム・AIシステムのシステムインテグレータ

社長のコラム

奥山剛旭社長コラム

by 宮西ナオ子 Presents

大阪府泉州、和泉市に新設された市役所新庁舎にお邪魔して、辻市長にはこれまでのご経歴、なぜ市長になろうと思ったのか、そして市長になってから行ってきたことなどをお聞きしました。一方、奥山社長にも今までのご経歴とロボット事業に携わったきっかけなどを語っていただきました。


宮西: まずは辻市長、市長になるまでのご経歴を教えてください。

辻: 私の家は商家でした。和泉市は繊維業が盛んなところでしたので、我家も昭和3年から織物工場を営み、私で3代目なのです。しかし私が進路を決める頃には繊維界はすでに斜陽産業になっており、これ以上事業を展開するのは難しいと感じました。そこで、いずれは貿易関係の仕事をしたいと思い、商社に勤務しました。30歳のときに友人の熱心な勧めがあり、自分の人生を振り返るために日創研の自己啓発セミナーに参加したのです。
 ここで自分のやりたいことを発見しました。それは商業ではなく政治であり、政治家を志すことでしたが、まずは選挙に通らなくてはいけない。周囲の協力も必要です。そのためには生活を安定し、経済的な自立をしなくてはならない。そこで31歳の時、妻が薬剤師なので薬局を開業しようと思い、3月に会社を辞め、6月に店をオープンし、まずは経済的な基盤を作り上げたのです。

奥山: すごい行動力ですね。




辻: 薬局を開業するには立地条件が大切ですが、縁あってよい物件を探すことができました。ここで経済的自立が確信できたので、2年後の33歳のときに市議会議員選挙に立候補しようと思いました。
 しかしかつて市会議員をしていた義父が、その地域にはベテランが立候補しているので今回は勝てる見込みがないと伝えてきました。そういわれたら勝ち目はないので、その時はあきらめ、その後、37歳になる年に立候補しました。親せきや同級生に集まってもらい準備し、活動したところ30人が立候補し、26議席中、8番目で当選しました。

奥山: それは快挙ですね。それに市議会議員になってからも大学院で学んでおられる。すごいバイタリティですね。

辻: 2004年3月に大阪市立大学大学院法学研究科を修了しました。当時は仕事と勉学でなかなか大変でしたが、このような勉強を通じつつ将来についてさらに考えました。このときはまだ市長になるという選択肢はありませんでした。それに市議会議員になってからも国会議員になりたい。国のために仕事をしたいと思っていたんですよ。




宮西: どうして市長を目指されたのですか?

辻: 市長というのは自分がなりたくてなるのではなく、地域から選ばれるものだと思っていました。私が市長になる前はそのような人がいたのです。ところが私が市議会議員3期目のときに現職の市長が辞職し出直し選挙になりました。和泉市が大変な時期でもあり、妻からの励ましもありました。「今、出馬しなかったら意味がない」といわれ、立候補する決心がつきました。選挙は6月のはじめでしたが、前市長の辞職がゴールデンウイークの始めでした。それを受けて一気に動き出し組織を作りましたから選挙まで1か月もなかったと思います。毎日3時間くらいしか眠らず、選挙活動をしていました。神経が高ぶって疲れを感じない状態になっていました。

奥山: それは凄い熱意と行動力ですね。




辻: しかし、残念ながらそのときは落選しました。そこで大いに反省し、自分が頭でっかちの人間だとわかり浪人して人間力を高めました。

宮西: どのようにして人間力を高めたのですか?

辻: ひとつは林英臣政経塾に入り、武士道、東洋哲学などを学びました。
 また遊学の会では坂本龍馬や空海など歴史上の人物について研究しました。さらにもう一つは地球に緑を取り戻そうという団体の活動にも参加しました。他には2007年から『致知』という人間学を学ぶ雑誌を購読しています。こうして価値観を広く持ち、大きな視点でものごとをみようと思ったのです。 

宮西: その後、2009年に和泉市長に初当選され、第7代市長に就任されるわけですね。

辻: 自分で望んでなったというよりも、そのように導かれたように思います。今、小学生が市役所に見学に来る課外授業がありますが、生徒に「なぜ市長になったのですか?」と聞かれることがあります。私は「市長は仕事ではなくて生き方なんだよ」と伝えているんですよ(笑)




宮西: 素晴らしいですね。それでは奥山社長、これまでのご経歴を教えてください。

奥山: 自分のロボットの原点はガンダムです。子どもの頃からガンダムが大好きで、ガンプラを買って作っていましたが、いつか自分で本物のガンダムを創りたいと思うようになりました。社会人になり会社を起業して機械メーカーとして好調でしたが、突然、リーマンショックとなり、時間ができたので、今こそロボットを作ろうという気持ちが大きくなりました。ロボットはどんな業界にも必要で、パンデミックのような時でも、ロボットの需要は変わりません。

辻: なるほど、確かにその通りですね。



奥山: 日本では、これから益々人口が減少し、人手不足問題が深刻化します。それを解決していくためには人材を海外から求めることもできますが、一番有効な手段としてロボットやAIがあると思います。弊社は元々機械メーカーですから、素養がある中で、その機械を創る技術を生かし、不足している部分を勉強して補えば、ロボットシステムを創ることができると考え、2008年より勉強し、2009年に初めてロボットシステムを導入することができ、今やロボットシステムに取り組んで13年目になります。

宮西: 先見の明がありますね。

奥山: それはどうかわかりませんが(笑) 日本を救えるのがロボットだという気持ちはありました。それとタイミングです。市長の話を聞いて市長も導かれるようにして市長になりましたが、自分もケーブル製造装置がヒットし、忙しくしていたのに、突如としてリーマンショックで売り上げが落ちたのです。今まで赤字を体験したのはその1年だけです。時間ができたのでロボットの勉強をしようと思ったわけです。

宮西: まさにタイミングが導いてくれたのですね。

コメント
対談が始まるや否や深い人間力の話をされた辻市長。自己啓発セミナーからはじまり、さまざまな勉強会に出席したり書籍を読んだりして常に自己研鑽されていらっしゃいました。また子どものころからの夢を実現すべくロボットの勉強を重ねた奥山社長。トップに立つ人は常に勉強をされており、さらに強運に導かれているように感じました。(第2話に続く)

<辻 宏康(つじ ひろみち)市長プロフィール>昭和34年8月29日
血液型:O型
好きな言葉:ありがとう
著書:『21世紀への道』「地方議会に及ぼす住民投票条例審議の影響」(修士論文)
趣 味:ジョギング(30年間続けているジョギングは、毎朝5時に起きて、自宅周辺の5キロコースを走っている。フルマラソン8回完走)、読書(ジャンル:政治・思想・経済)
学歴
昭和53年3月 大阪府立鳳高等学校卒業
昭和59年3月 国立京都工芸繊維大学卒業
平成16年3月 大阪市立大学大学院法学研究科修了
職歴
平成8年9月      和泉市議会議員(3期)
平成12年10月   和泉市監査委員
平成21年6月    和泉市長に初当選、第7代市長に就任
平成24年6月    全国市長会評議員
平成25年5月    近畿市長会副会長
平成25年6月    和泉市長に当選(2期目)
平成26年1月    大阪府市長会副会長
平成26年6月    全国市長会理事
平成27年2月    全国市長会まち・ひと・しごと創生対策特別委員会委員
平成27年8月    内閣府障害者政策委員会委員
平成29年6月    和泉市長に当選(3期目)
平成30年5月    全国市長会都市税制調査委員会委員
平成30年6月    全国市長会評議員
平成30年6月    全国市長会行政委員会副委員長
平成30年6月    全国市長会地方分権改革検討会議座長代理
平成30年6月    全国市長会道州制に関する検討会議委員
平成30年7月    全国市長会全国基地協議会副会長
平成30年7月    全国市長会防衛施設周辺整備全国協議会理事
平成30年8月    全国市長会防災対策特別委員会委員
令和元年6月     全国市長会行政委員会委員長
令和元年6月     全国市長会地方分権改革検討会議座長
令和元年6月     全国市長会道州制に関する検討会議座長
令和2年4月      桃山学院大学客員教授
令和3年5月      大阪府市長会副会長
令和3年6月      和泉市長に当選(4期目)