新たな「夢」をカタチにする技術創造メーカー 株式会社HCI

社長のコラム

奥山剛旭社長コラム

by 宮西ナオ子 Presents

林要さんは大学卒業後、トヨタ自動車に就職し、国内外でF1マシンや量販車のエンジニアとして活躍。その後、ソフトバンクでPepper(ペッパー)の開発に携わるなど、キャリアを積み上げてきました。さらに初めて起業した会社では100億円の資金調達を進めながらロボット開発を手掛けてきました。そんな林さんの経歴と奥山社長のロボット開発に至るまでの経歴を話していただきます。


宮西: 林さんの経歴から教えてください。

林: 大学は機械システム工学科でした。 プログラミングもやりましたが、あまり センスがなかったように思います。その後、自動車会社に就職し、大学で学んだ空力シミュレーションの知識と経験を活かせるスーパーカーやレーシングカーの開発のチャンスをいただきました。
 そこで自分は比較的新しいことを行うほうが向いているのだと感じました。前任者のいない新しい領域で自分のキャリアを築きたいと思い、 その後、ペッパーという人型ロボットの開発に携わり、そこで初めてロボットの仕 事をしました。
 そこで、コンパニオンロボットは面白い産業領域だと思うに至り、さらに人を幸せにするために、もう少し異なるテクノロジーの使い方ができるのではないかと思うようになり、LOVOT(らぼっと)に行きつきました。




奥山: ロボットに取り組んでいかがでしたか?

林: 今まで私が携わっていたものづくりは解決すべき課題が見えているものでした。商品の価値が定義されていて、その価値の最大化をしてきましたが、コンパニオンロボットは明確な価値すら定義されていません。何のために使われるのかというところか ら明確にしていかねばならないのは初めてだったので大変でした。

奥山: とはいえ、日本の基幹産業である自動車メーカーでプロジェクトの在り方や基礎になるところなどを学ばれ 次に情報・通信業の大企業でロボット開発の力を養い、しっかりとステップを踏まれた流れは、非常によいエンジニア人生を歩まれているのでは?


林: 確かに毎回、無理なお願いをしながらキャリアを築いてきた面はあると思います。優秀な人は本流を突き進みますが、私はいつも亜流(笑)。やんちゃなところがあるので、それを見抜いて、やらせてみようか、とご理解いただいていたのかと思いますよ(笑)


奥山: きらりと光るところがあったのでしょうね。熱意が人を動かすといいますから。




奥山: いつからロボットをやりたいと思いましたか?

林: 「ずっとロボットをやりたかった」というわけではなく、新しいテクノロジーの使い方を模索していた時に、たまたまペッパー の話をいただきました。

宮西: インスピレーションで展開するのですか?

林: いえ。結構考えた後で、たまにひらめく事があるといった感じです。だから散々考えた末に自分は何をするべきか、それを自ら見極めて、自分にやらせてほしいと訴えるわけです。
 常に新しいものにチャレンジしてきましたが、性格的に何かをある程度までしっかりやると飽きてしまうんだと思います。とりあえずイロハがわかると次の新しいイロハを知りたくなり、また 新たな展開にいきたくなる。ただ、気まぐれに仕事を変えるのではなく、前の仕事で学んだイロハを次に活かせる領域に進もうとは意識しています。




宮西: それでは奥山社長の経歴をお願いします。

奥山: 私は大学で材料化学を学び、材料は金属、化学は高分子化学などで試験管を振ったりして、新素材についての勉強をしていましたが、大学在学中、自分は何をしたいのかと考えた時に、幼少の頃から好きだった絵を描き、それを形にして世の中に貢献したいと少しずつ思うようになっていました。でも、教授から大手の紡績メーカーを推薦されたので、言われた通りにその工場見学へ行き、工場見学では工場長が色々と説明してくれました。その中で工場長は「入社して3年が経過した後、東アジア・東南アジアで修行することになり、5年くらい経ってから戻ってくる、その後、君達は、なれて、精々工場長だろう」と言われました。そのことは凄いショックで、既にレールが敷かれているのだということがよくわかりました(笑)

林: そのような話をするとは、その工場長は、何かいやなことがあったのでしょうか?(笑)

奥山: 自分は普通のサラリーマン家庭で育ちましたが、親戚に工務店を経営している伯父がいまして、経営者は羽振りがいいなと憧れていました。そこでいつか経営者になろうと思っていたのですが、工場長の話を聞いて、夢が断たれることはできないと紡績会社を辞退する決断できました。




奥山: 大学の教授には大変叱られましたが、その会社を辞退し自分で就活し、やっと機械設計をさせてくれる会社に出会えたわけです。小さな機械メーカーでしたが、自動機に携わり、これからはロボットの時代だと感じ、その会社で8年間、機械設計に属しながら、電気設計、営業、購買、組立、経理まで貪欲に学び、31歳で独立しました。この時は、なぜか、「絶対に成功する」という訳の分からない自信しかなかったですね(笑)

林:どのような機械を創られたのですか?

奥山: ご縁があり、最初に手掛けたのが、携帯電話に使用する直径25ミクロンの極細線ケーブルを撚る機械を開発しました。このプロジェクトが成功し、自分はどんどん製品を創ってプロダクトアウトすることが好きなことに気が付きました。そして、製品を増やし、メーカーとして自社ブランドを確立し、ケーブル・ワイヤー製造装置で売り上げを伸ばしました。



林:起業は、成功されたわけですね。

奥山: お蔭様で順調でしたね、振動が発生しない磁気軸受式の撚線機も開発しました。ところが折しもリーマンショックで売上が極端に下がった時に、それまで自分が本当にやりたいことにフォーカスしていないことに気がつきました。そこで、本当にやろうと思っていた「ロボット」をスタートさせました。
 もともとハード側の人間なので、あらためてロボットシステムについて勉強したのが2008年で、産業ロボットのロボットシステムインテグレータとして2009年に初号機を納入しました。3年前の2017年にはワイヤーハーネスというケーブルの端末加工をするロボットシステムの開発に着手しました。
同様に、AIも3年前から始め、3年前の「2017国際ロボット展」では、それらを兼ね揃えたプロトタイプのロボットシステムを展示し、多くの方に強烈なインパクトをもたらしました。

林:それは素晴らしいですね。

コメント
お二人の話は専門的なところまで深く追求して語られていきました。詳細までお伝えできないのが残念ですが、ロボットの可能性を信じ、開発に情熱を向けており、話が尽きませんでした。さて来月の第2話では、お待ちかね。いよいよLOVOT(らぼっと)開発についてのお話です。ご期待ください。(第2回に続く)

<林 要(はやし かなめ)さんプロフィール>1973年愛知県生まれ。98年トヨタ自動車入社、同社初のスーパーカー「レクサスLFA」開発プロジェクトを経て、2003年よりトヨタF1(Formula 1)の空力エンジニアに抜擢され渡欧。07年トヨタ自動車にて量販車開発マネジメントを担当。11年、孫正義後継者育成プログラム「ソフトバンクアカデミア」外部第一期生に選出。12年ソフトバンク入社、パーソナルロボット「Pepper(ペッパー)」のプロジェクトメンバーに登用される。15年、ロボットベンチャー「GROOVE X」を起業。18年12月、同社より人のLOVE(らぼっと)を育む家族型ロボット『LOVOT[らぼっと]』を発表。4年の歳月と約100億円の開発費を費やし19年12月より『LOVOT(らぼっと)』の出荷開始。CES2020にて「INNOVATION AWARD」を受賞するなど国内外で注目を集めている。著書に『ゼロイチ』がある。